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仙台発。大人の情報誌「りらく」顔語り

佐藤 均(さとうたもつ)

佐藤 均

佐藤 均 - さとう たもつ

有限会社宮城観光タクシー代表取締役。昭和35年生まれ45歳。東北学院大学在学中から父の経営するタクシー会社で実務面の修行を積む。卒業後は本格的に事業を受け継ぎ、現在はタクシー部・整備部に加え、一般車両の整備工場を新設する。今年の夏は次男である佐藤由規君が高校野球地区大会・全国大会で活躍したのに伴い父兄応援として大いに燃え、記念すべき年となった。

 仙台生まれの仙台育ち。上杉小学校・中学校・仙台商業・東北学院大学と進んだ。同級生や先輩、後輩のほとんどは商家の子息たち。学びの課程からも、どんな少年時代や青春時代を過ごしてきたか、いささかの想像はついてくる。生まれ育ったのは市電 が通っていた頃の北仙台駅 前。その当時の北仙台界隈は銭湯があり、その帰りにかき氷や回転焼きを食べたりできる食堂があり、市場が並ぶ庶民的で住みやすい町であったという。先代であるお父さんは、もともと技術の仕事に就いていたが、終戦後はトラックの修理工場からスタートし、昭和39年にタクシー会社を設立した。進駐軍の兵隊たちが乗り物がなくて困っていることに注目し、タクシー会社を始めたアイディアマンでもあった。タクシー会社は夜中でも電話一本ですぐお客様のところに走らねばならない商売。また人々が遊ぶ時に忙しい商売でもある。だから佐藤さんは小学校四年生まで海を見たことがなく、夏休みの思い出の絵も描けなかったという。「昔は今と違い家族で力を合わせて商売をしていた時代、夏休みに子供たちを海に連れて行く余裕などはなかったのでしょう」と当時を振り返る佐藤さんだ。大学卒業後は家業を継ぎ、父の背を手本に経営のノウハウを身につけていったが、知恵袋であったお父さんも平成14年に他界。商売のこと、人生のこと、もっと多くを聞いておけばよかったと悔やむこともしばしばだったとか。「経営は攻めるより、維持していくことの方が難しいのです。今の身分にあぐらをかくことなく、何事も謙虚な気持で応対していくのが大切。」と現在の心境を語ってくれた。

もうひとつ、佐藤さんには大きな宝がある。それは三人の息子さんたちがそれぞれ野球を通して成長してくれたことだ。野球と息子さんの話になると、真黒に日焼けした顔が一層輝いてくる。特に次男の由規君は今年夏の甲子園大会に出場した仙台育英高校のエースピッチャー。日大山形に惜しくも敗れはしたが、宮城大会決勝戦での東北高校との延長戦、そして再試合での勝利と我々に感動を与えてくれたあの選手なのである。また由規君は2002年夏、リトルリーグ世界大会でも、仙台東リーグのピッチャーの一人として準優勝の栄冠を手にしている。この快挙は日本ではあまり知られていないのが残念であるが、これはアメリカのペンシルバニア・ウィリアムスポートで開催され、世界125ヶ国の頂点を決するリトルリーグ最高の大会なのだ。佐藤家では、子供たちの試合・遠征には家族で応援に行くのがルール。「子供たちが一生懸命頑張ってそこまでいければ親も仕事を休んでまでも理由を付けて応援に行けます。家族揃って旅行ができるのも子供たちのおかげかもしれません」と笑いながら話す佐藤さんだ。その陰には健康面・食事面で気をつかう奥さんの苦労。快く応援に出してくれ、留守番役を引き受けてくれたおじいさん、おばあさんの気持ちも忘れてはならない。佐藤ファミリーには、先代であるおじいさんから受け継がれた父と子の強い絆、そして裏で支えるおばあさんや奥さんの素晴らしいチームワークが生きている。愛情に満ちた環境の中では子供たちはのびのびと成長するものだ。とてもいい家庭のあり方を感じることができた。

 


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